栃木県では電力系統の安定化と再生可能エネルギーの導入拡大を目的とした系統用蓄電池の設置が複数進行しており、2024年から2025年にかけて本格的な運用段階に入っています。東京電力パワーグリッドによる那須塩原市での実証事業をはじめ、佐野市や小山市での高圧蓄電所建設、さらには保安管理やアグリゲーション業務を手がける地域企業の活躍など、多角的な取り組みが展開されています。
経済産業省の補助金制度の活用状況から具体的な技術仕様、関連事業者の動向まで、栃木県における系統用蓄電池の全体像を詳しく解説します。
栃木県では、政府が掲げる2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、太陽光発電を中心とした再生可能エネルギーの導入が急速に進んでいます。しかし、太陽光発電は天候や時間帯により発電量が大きく変動するため、電力系統の安定性を保つことが重要な課題となっています。
特に那須塩原市周辺では太陽光発電の導入量が拡大しており、晴天時の余剰電力が電力系統に逆潮流することで系統混雑が発生する問題が顕在化しています。このような状況において、系統用蓄電池は電力の供給と需要のバランスを調整し、電力系統の安定運用を支える調整力として重要な役割を担います。
系統用蓄電池の導入により、再生可能エネルギーの導入拡大と電力系統の安定化を両立することが可能になります。※前提として、これらの効果を実現するには、1年以上を要することもある系統連系手続き、適切な用地の確保、専門家による継続的な保安管理 といった課題をクリアする必要があります。
系統用蓄電池の導入を促進するため、経済産業省は令和6年度「再生可能エネルギー導入拡大・系統用蓄電池等電力貯蔵システム導入支援事業費補助金」を実施しています。この補助金制度は、系統用蓄電池の導入コストを軽減し、事業者の取り組みを後押しする重要な政策支援となっています。
栃木県内では、Q.ENESTホールディングスが佐野市に建設する高圧蓄電所がこの補助金事業に採択されており、2025年7月末の運転開始を予定しています。補助金の採択により、パワーエックス製の系統用蓄電システム「Mega Power」3台(合計容量8,226kWh)の導入が実現しています。
この事例は、国の政策支援が実際の系統用蓄電池導入につながっている具体的な成果といえます。
栃木県は東京電力パワーグリッドの管轄エリアに位置し、首都圏への電力供給を担う重要な地域です。特に那須塩原市の関谷変電所周辺では、変圧器2台で5万8千キロワットの運用が行われており、この一帯で太陽光発電の導入量が大幅に拡大しています。
東京電力パワーグリッドは2024年度から那須塩原市の一部配電系統において、出力50キロワットから2,000キロワット規模の系統用蓄電池を用いたフィールド実証を開始しました。この実証事業では、出力1,999キロワット・容量6,310キロワット時のリチウムイオン電池を設置し、太陽光発電の余剰電力吸収と周辺エリアの調整力としての効果を検証しています。
実証結果は管理システムの仕様や標準的な業務フローの策定に活用され、系統用蓄電池の本格導入に向けた基盤整備が進められています。
東京電力パワーグリッドは、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の公募事業「電力系統の混雑緩和のための分散型エネルギーリソース制御技術開発」の一環として、栃木県那須塩原市で大規模な実証事業を実施しています。2024年6月から本格的な実証が開始され、関谷変電所の配電系統に出力1,999キロワット・容量6,310キロワット時のリチウムイオン電池を設置しました。
この実証事業には早稲田大学、三菱総合研究所、関西電力送配電、京セラ、東京大学、中部電力パワーグリッド、東京電力エナジーパートナー、東京電力ホールディングス、三菱重工業の10社がコンソーシアムを組んで参加しています。実証では「DERフレキシビリティシステム」を活用し、日照量や系統混雑のデータを基に制御可能な分散型エネルギーリソースを抽出し、アグリゲーターとの市場取引を通じて需給管理を行います。※なお、この試行運用では午前7時から午後5時までは放電ができないといった運用上の制約が設けられています。
NExT-e Solutions株式会社が東京都の支援事業として、電気自動車の中古電池を再利用した大規模蓄電システム(1MW/4MWh)を構築しました。2024年度から2025年度にかけて、さらに10MWh規模の追加が計画されており、EVリユース電池の有効活用という環境面でも注目されています。※ただし、この事業はまだ実証段階であり、2027年度の商用化を目指しています。また、中古電池のリユースはコスト面で課題があり、現状では新品と同程度の価格とされています。
項目 | Q.ENEST佐野高圧蓄電所 | TAOKE小山高圧蓄電所 |
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設置場所 | 栃木県佐野市 | 栃木県小山市 |
PCS出力 | 1,999kW | 約2MW |
蓄電容量 | 8,226kWh | 8.14MWh |
運用開始 | 2025年7月末予定 | 2025年6月開始済み |
システム供給 | パワーエックス「Mega Power」 | TAOKE ENERGY |
Q.ENESTホールディングスが栃木県佐野市に新設する高圧蓄電所は、同社にとって初の蓄電所となります。パワーエックス製の系統用蓄電システム「Mega Power」3台を導入し、PCS出力1,999キロワット、公称容量8,226キロワット時を実現します。一般家庭約720世帯分の1日の電力使用量に相当する電力を貯蔵可能で、2025年7月末の運転開始を予定しています。
蓄電システムはリン酸鉄リチウムイオン電池を採用し、20フィートコンテナサイズの設計となっています。東京エリアの電力系統に接続され、市場運用を通じた需給バランスの最適化および系統負荷の軽減を実現し、再生可能エネルギーのさらなる導入拡大を後押しします。※なお、市場運用で収益を上げるためには、高い技術的要件を満たすことが重要となります。
TAOKE ENERGYが栃木県小山市に建設した高圧蓄電所は、2025年6月17日に公開されました。出力約2MW、蓄電容量8.14MWhで、407.3kWhの蓄電池20台で構成されています。6月30日から受電を開始しており、土地選定から運用まで一貫したソリューションを提供することが同社の強みとなっています。
株式会社サンヴィレッジは栃木県を拠点としながら全国展開を進めており、北陸電力管内(福井県越前市)での系統用蓄電所開発に関してエムエル・パワー株式会社と基本合意書を締結しました。2MW/8MWhクラスの高圧蓄電所を建設し、2025年10月の運転開始を目指しています。
坂東蓄電所1号合同会社(グリーンパワーマネジメント株式会社、東北電力株式会社による共同出資)が東京都の「系統用大規模蓄電池導入促進事業」による助成を受け、埼玉県熊谷市、群馬県伊勢崎市および太田市に建設する蓄電所の設備保安管理業務もサンヴィレッジが請け負っています。同社は全国250か所、合計出力500MWの系統用蓄電所開発を目標に掲げています。
パワーエックスは岡山県玉野市で生産を行うリン酸鉄リチウムイオン電池を採用した系統用蓄電システム「Mega Power」を供給しています。一台あたり2,742kWhの公称容量を持ち、ISO規格の20フィートコンテナサイズで設計されています。Q.ENEST佐野高圧蓄電所への3台の受注により、栃木県での実績を積み重ねています。
株式会社グリーンエナジー・プラスは、Q.ENEST佐野高圧蓄電所のEPC(設計・調達・建設)業務を担当しており、系統用蓄電池の建設工事における専門性を発揮しています。
栃木県小山市に本社を置く株式会社エレックは、系統用蓄電池設備の保安管理業務において累計50MWhを超える管理実績を達成しています。高圧設備に精通した電気主任技術者による定期点検・法令点検・緊急対応を通じて、発電事業者や事業会社の設備を支えており、再生可能エネルギーインフラの安全・安定な運用に貢献しています。
近年の再生可能エネルギー主力電源化に伴い、系統用蓄電池(BESS: Battery Energy Storage System)の需要が急速に拡大する中で、出力変動の吸収や周波数調整など、電力系統の安定運用を支えるインフラとしての重要性が高まっています。同社の保安管理業務は、こうした最先端設備の安定運用に不可欠な役割を担っています。
事業者 | サービス内容 | 特徴・実績 |
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丸紅新電力・サンヴィレッジ | フルパッケージ商品 | 2025年中に100MW受注目標 |
Q.ENESTでんき | 市場運用業務 | 容量・卸売・需給調整市場での運用 |
坂東蓄電所1号合同会社 | 蓄電所運営 | 東北電力・GPMによる共同出資 |
丸紅新電力とサンヴィレッジは資本提携関係にあり、系統用蓄電池のフルパッケージ商品を共同で提供しています。2025年中に100MWの受注を目指しており、サンヴィレッジが土地や系統権利の提供、EPC、O&Mを担当し、丸紅新電力が試運転対応、一般送配電対応、アグリゲーション業務を行います。
従来、系統用蓄電池の開発から運用までには、系統や土地の開発、蓄電池の選定、EMSの選定、アグリゲーターの選定、送配電事業者との協議等、多岐にわたる交渉や調整業務が必要で、太陽光発電所の開発に比して難易度が高く、計画遅延等が散見されていました。
両社のパッケージ化されたサービスは、こうした課題を解決し、シームレスな開発・建設・オペレーションを可能にしています。Q.ENESTでんき株式会社はQ.ENESTホールディングスの子会社として、佐野高圧蓄電所の運用業務を担当し、容量市場、卸売市場、需給調整市場での運用を通じて、系統用蓄電池の経済性を最大化する役割を果たします。
現在進行中のプロジェクトだけでも、佐野市のQ.ENEST蓄電所(8,226kWh)、小山市のTAOKE蓄電所(8.14MWh)、那須塩原市の実証事業(6,310kWh)など、合計で20MWh超の容量が稼働予定です。
栃木県に本社を置くサンヴィレッジは全国250か所、合計出力500MWの開発目標を掲げています。
国の補助金制度の継続・拡充により、系統用蓄電池の導入コストの低減が期待できます
土地利用の観点では、系統用蓄電池は比較的コンパクトな設備でありながら、土地の売却や賃借料収入を通じて地権者に経済メリットをもたらします。農地や遊休地の有効活用により、地域の土地資源の価値向上にも寄与します。
栃木県内の系統用蓄電池導入により、電力系統の調整力が大幅に向上し、再生可能エネルギーのさらなる導入拡大が可能になります。那須塩原市での実証事業で検証されているDERフレキシビリティシステムの実用化により、太陽光発電の出力変動に対するリアルタイム制御が実現し、系統混雑の緩和が期待されます。
東京電力パワーグリッドは実証結果を踏まえて管理システムの仕様などをまとめる予定です。そういった事例によって他地域での系統用蓄電池導入の参考にできる可能性があります。
系統用蓄電池の普及により、電力系統の安定化に貢献します。カーボンニュートラル社会の実現に向けて、栃木県が果たす役割はますます重要になっていくでしょう。※ただし信頼性の高いシステムを選定することに加え、専門家による継続的な保安管理が不可欠です。また、事業全体においても、系統連系手続きや用地確保など、計画遅延につながりうる複数の課題をクリアする必要があります。
栃木県における系統用蓄電池の導入は、2024年から2025年にかけて実証段階から本格的な商用運用段階へと移行しており、電力系統の安定化と再生可能エネルギーの導入拡大において重要な転換点を迎えています。東京電力パワーグリッドによる那須塩原市での実証事業、Q.ENESTホールディングスやTAOKE ENERGYによる高圧蓄電所建設、さらには地域企業による保安管理・アグリゲーション業務の展開など、エコシステムが形成されつつあります。
経済産業省の補助金制度による政策支援を受けたプロジェクトも含めて、総容量20MWh超のプロジェクトが2025年までに稼働予定であり、栃木に本社を置くサンヴィレッジは全国500MW開発を目標に計画しています。技術面では、リン酸鉄リチウムイオン電池やDERフレキシビリティシステムなどの最新技術が導入され、系統混雑の緩和と電力需給の最適化が期待されます。
土地利用の観点では農地や遊休地の有効活用により、地域の土地資源の価値向上にも寄与します。栃木県で系統用蓄電池の実績が増えれば、カーボンニュートラル社会の実現に向けた、持続可能な地域発展の新たな可能性を切り開くことができます。